History of Kitchun

 創設者中山雪夫氏がまだ自動車会社でトップセールスマンをしていたころ国際中央ホテル(国際ホテルの前身)の経営者であった父(市平氏)が急逝し42歳で代を受け継いだ氏は婚礼市場に挑戦すべく「国際会館」を新設した。その後並み居る宴会場競合他社に打ち勝つべく、まだ青森ではほとんど普及をしていなかった本格中国料理レストランの開業を思いつく。思い浮かんでからの行動は早く持ち前のバイタリティと人脈形成で、当時銀座に本社を構えるサッポロビール会長のオフィスへ辿り着いた。氏は藁にも縋る思いで中国料理へ対する情熱をぶつけ道は切り拓ける。当時、日比谷にオープンしたばかりの本格中国料理店の店主を紹介され、また店主は雪夫氏の情熱に心動かされたのか初代料理長となるカンさん、そして目黒雅叙園で定年を迎えたばかりのチンさんを紹介する。チンさんと言えば昭和天皇に麻婆豆腐(後の吉慶の至福の一品となる)を献上したこともある伝説の料理人だ。これにサイさんという料理人も加わり残るはホールサービス。一流料理を出してサービスが二流では元も子もない。物事好転しだすとどんどん上手く行き始め人材が集まってくる。ホールサービス責任者に後楽園レストランで責任者をしていた中村さんが名乗りを上げてくれた。
 次なる課題は、本格中国料理に親しみのない市民にどうやって中国料理の味を伝えるか。氏は考え抜いた挙句「中国料理バイキング」と今では当たり前のサービスを思い付く。大きな冒険であった。オープン初日緊張の中、第一声はとても大きな中村店長の「いらっしゃいませ」の声だった。青森市に本場中国人コックによる本格中国料理が産声を上げた瞬間だった。中でもカンさん自慢の思考の逸品「五目そば」はこだわり抜いた。
 今回のリニューアルオープンは雪夫氏の思いを受け継ぎ、初代料理長カンさんと共に働いていた中国料理師2名で築き上げた「伝説の味わいを1ミリも変えず文化継承する」ことが理念。初代料理長と考案した「吉慶」の名前の由来…とにかく明るくおめでたく…をモットーに、北京語でキーチン、広東語でキッチュン、キッチンkitchenにも韻を踏む「吉慶(キッチュン)」の名前をこれからも大切に残していきたく思います。

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